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プレシジョンメディシンの急激な発展
プレシジョンメディシン(Precision Medicine、精密医療)とは、各患者個人レベルで最適な治療を選択実施することである。このプレシジョンメディシンを実現するために、国際的に多くの挑戦がなされてきた。2015年1月20日米国前大統領オバマによるPrecision Medicine Initiativeに関する一般教書演説により、グローバルにも先端がん個別化医療としてのプレシジョンメディシンが急速に発展している。現在のプレシジョンメディシンの主な基盤は患者のオミクス情報であり、薬物治療応答性を各患者のオミクス情報により予測しようとするものである。しかし、患者オミクス情報と既知の医学医療情報による個別化医療は統計学的予測に依存するため、その精度向上には、多数の患者の大量のオミクス情報が不可欠であり、膨大なコストと時間が不可欠となる。一方、先端がんプレシジョンメディシンにおいては、患者がん移植モデル(Patient-Derived Xenograft Model; PDX)を活用することが国際的に急激な発展を示している。
米国立がん研究所(NCI)は、大半の薬物スクリーニングにおいてヒトがん細胞株パネル「NCI-60」の使用をやめることを決定した(1)。NCI-60は、NCIが開発した培養ヒトがん細胞株60種からなる抗がん剤スクリーニング用パネルで、1990年以降の製薬業界およびアカデミアは、NCI-60を使って10万種類以上の化合物をスクリーニングしてきた。その結果、この2D細胞培養による薬効スクリーニングの有効性が認められず、臨床ヒトがん病態への外挿性に疑問が残された。NCIは、世界中の研究者に大いに利用されてきたこのパネルに変わる新生リポジトリとして患者がん移植モデル(PDX)を、推進している。新しいがんモデルは、採取して間もない患者検体に由来し、詳細な臨床履歴の標識が付けられる患者がん移植モデル(PDX)などとなる。すなわち、NCI-60が樹立された当時と、がんに対する研究者の考え方は現在と大きく異なっており、NCIは、今後もNCI-60細胞株を研究者に提供し続ける予定だが、何千世代と時間を経るうちに遺伝的構成や挙動が変化してきているため、薬物スクリーニングは最終的に新しい患者がん移植モデル(PDX)で行うことになる。NCIが現在作ろうとしている創薬ツールは、数百種類に及ぶ患者がん移植モデル(patient-derived xenograft;PDX)である。これは、ヒト腫瘍の小塊を、培養よりも人体により近い環境であるマウス体内に移植したものだ。このマウス体内の腫瘍は、取り出して他のマウスに再移植することができるため、任意の腫瘍を複数の個体で調べることも可能だ。NCIは、PDXに由来する細胞にそれぞれの腫瘍のゲノム塩基配列や遺伝子発現パターン、およびドナーの治療履歴に関するデータを合わせた上で、配布することにしている。NCIはまた、より詳細な生化学研究や薬物スクリーニングに使うために、PDX由来の細胞株を樹立する予定だ。また、生検が困難な腫瘍のモデル樹立に向け、血中循環腫瘍細胞(CTC)に由来する培養細胞や異種移植片も作り出そうとしている。
PDXの利用は世界的な流れであり、欧州の16の研究機関が立ち上げたコンソーシアム「EurOPDX」は、1500種類ものPDXを保有している。非営利企業のジャクソン研究所(米国メイン州バーハーバー)には450種類あり、さらに100種類を開発中である。製薬業界はその先を行っており、ノバルティス社(スイス・バーゼル)は2015年に1000種類のPDXを使った薬物スクリーニングについて報告した。
PDXは、個々の患者の治療方針を決めるためのモデルとしても注目されている。つまり、PDXを持つマウスを、医師が最も有効な治療計画を決定すための基盤情報として使おうというのだ。ただし、PDX作製には時間がかかるため、ドナーに利益を還元するところまでいかない場合が多いのが現実である。むしろノバルティス社のように、将来の患者を助けるためにPDXの大規模コレクションを研究する方が成果が期待できると考えられている。
PDXのようなモデルは、旧来の培養細胞や遺伝子操作したマウスよりも、ヒトのがんの遺伝学的複雑さを詳しく捉えることができる。しかしいくつかの弱点もある。例えばPDXのほとんどは、正常な免疫応答が起こらないNOGマウスやNSGマウスなど高度免疫不全マウスで作製されている。ヒト免疫系のさまざまな面を備えたマウスを遺伝子操作で作り出す取り組みも進行中だが、ヒト免疫系の複雑さを完全に再現したマウスは今のところ存在しない。
関連ファイル
次世代プレシジョンメディシンNext Generation Precision Medicine
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