HOME > コンソーシアム > 詳細

                   
2010/09/12

クマリン系色素を用いたゼブラフィッシュ網膜細胞のin vivoイメージング

100912MZP クマリン系色素を用いたゼブラフィッシュ網膜細胞のin vivoイメージング(西村有平)

 加齢性黄斑変性症や、網膜色素変性症などの網膜変性疾患は、先進国における罹患率が20人に一人であり、大きな社会問題になっています。一方、現在臨床で使用されている治療薬や、新規に開発される薬物の中に、網膜毒性を有するものが存在することが知られています。例えば、1993年から2006年までに毒性のために開発が中止された薬物のうち、7%が網膜毒性を有することが報告されています。網膜毒性の評価は、薬物開発の後期に実施されることが多いため、この段階で開発が中止されることは、製薬会社だけでなく、社会全体にとっても大きな損失になります。したがって、網膜疾患治療薬の開発や、網膜毒性を有する薬物のスクリーニングに適したモデル動物や、それらの動物を用いた高速かつ簡便なスクリーニング手法を開発することは、大きな社会的意義を有すると考えられます。
 我々はゼブラフィッシュを用いてこのようなスクリーニング系を構築したいと考えました。ゼブラフィッシュは生後1週間でほとんどすべての組織の分化が完了し、生後四ヶ月で交配可能となります。この段階の大きさは4cm前後であり、1ペアの交配で百個前後の受精卵をえることができます。すなわち、ゼブラフィッシュの実験では、短期間に多数の個体を得ることができ、低コストかつ飼育や薬物投与が容易であり、脊椎動物であるために多くの組織がヒトと類似しているという利点があります。網膜においても、ヒトとゼブラフィッシュの網膜は高い類似性が認められ、これまでにゼブラフィッシュ網膜を用いて数多くの優れた研究が報告され、脊椎動物の網膜発生の分子機構解明に大きく貢献してきました。しかし従来のゼブラフィッシュ網膜の形態は、切片を用いた組織染色により評価されてきました。網膜切片の作製には、労力や時間、さらにはコストもかかるため、スクリーニングに応用することは容易ではありません。
 そこで我々は、蛍光色素を用いて、ゼブラフィッシュが生きた状態で、網膜を可視化できないかと考えました。すなわち、ゼブラフィッシュの消化管から吸収されて、網膜へ移行するような蛍光色素が存在するのではないかと仮定しました。このような蛍光色素を見つけるために、約500種類の多様な化学構造からなる蛍光色素ライブラリーをスクリーニングしました。まず、これらの蛍光色素が1 microg/mlになるように飼育水に加えて、ゼブラフィッシュを30分ほど泳がせました。この間に、 消化管吸収や網膜への移行が起こることを期待しました。その後、ゼブラフィッシュに麻酔をかけて、スライドガラスの上に寝かせて、共焦点顕微鏡で網膜が可視化できるかどうかを検討しました。レーザーは488 nmと543 nmを使用しました。その結果、500種類の蛍光色素の中から、4種類のクマリン系色素が、ゼブラフィッシュ網膜のライブイメージングに使えることがわかりました。
 図1は クマリン系色素によるゼブラフィッシュ網膜生体イメージングの1例を示します。スライドガラスの上で横になっているゼブラフィッシュの眼を上から共焦点顕微鏡でのぞきこみますと、左側のような緑の蛍光画像が得られます。右側の網膜切片の染色像と比較すると、7層の網膜神経層がすべて可視化できていることが確認できます。GCL、INL、ONLといった細胞体が豊富に存在する場所では網状にみえます。一方、IPL、OPL、PCL(photoreceptor cell layor)といった細胞膜が豊富に存在する場所では強いシグナルが認められます。このことから、このクマリン系色素は網膜神経細胞の細胞膜を染色している可能性が示唆されます。
 図2は、クマリン系色素を用いたゼブラフィッシュ網膜発生段階の可視化を示します。生後1日、2日、3日の稚魚をそれぞれ蛍光色素で30分染色した後に、生きたまた網膜を観察しています。生後1日ではレンズができていますが、層構造はまだできていません。生後2日になると、かすかにGCL、IPL、INLが形成されてきます。生後3日目になると、その外側のOPL、ONL、PCLも形成され、基本的な網膜の層構造が完成することが、簡単に可視化できました。
 図3は、クマリン系色素を用いた網膜疾患関連遺伝子の機能評価を示します。網膜色素変性症の関連遺伝子のひとつであるcrb2aをノックダウンしたゼブラフィッシュの網膜を生きたまま観察してみました。コントロールのゼブラフィッシュでは層構造が形成されているのに対して、crb2aをノックダウンしたゼブラフィッシュの網膜では、層構造の形成が著しく障害されていることが、簡単に可視化できました。
 図4は、クマリン系色素を用いた化学物質の網膜毒性評価を示します。メベンダゾールという薬は、寄生虫感染症治療薬として臨床で使用されていますが、ゼブラフィッシュの網膜に対して毒性を有することが知られています。一方、メベンダゾールの類似化合物であるBBCには、網膜毒性がないことも知られています。そこで、これらの薬の網膜に対する影響を、クマリン系色素を用いたライブイメージングにより評価しました。BBCを生後1日から4日間曝露したゼブラフィッシュの網膜には異常を認めませんが、メベンダゾールを4日間曝露したゼブラフィッシュの網膜では、特に赤矢印で示す内網状層の形成障害が認められます。
 以上より、クマリン系色素を用いたゼブラフィッシュ網膜のライブイメージングにより、網膜疾患に関連する遺伝子の機能や、網膜毒性を有する化学物質の評価を簡便に実施することが可能であることが確認できました。ゼブラフィッシュを用いた遺伝学的スクリーニングやケミカルスクリーニングにおいて、有用なツールになるものと考えられます。


関連リンク

イノベーションジャパン2010

関連画像