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医学部教育

                     

希望の道 江口和人

2011/03/22


今回の実験で感じたことは四つある。一つ目は、癌細胞と癌幹細胞がゼブラフィッシュに植え付けられ浸透していく様子が、蛍光オレンジを通すことによって目に見えるようになり、実際に体内で起ころうとしていることが可視化され非常に現実味を帯びる形で我々の前に提示されることで、我々の脳裏にはっきりとその前途が映し出されたことである。このことには驚きを禁じ得ない。明白に可視化されることで、曖昧で空想的だった実験が、現実世界のものとして強く認識することができるようになったのである。これにより、研究に関して全くのど素人である我々にも、これから何をすればよいか、また、何をすべきなのかが一つの道標として示されることになり、研究により熱が入る結果となったことは非常に喜ばしいことであると思う。
二つ目は、普段我々がなかなか接することのない実験器具に触れる機会が如実に増えた点である。ファックスや電子顕微鏡の技術には目を見張るものがあり、科学技術の進展の速さにも動揺を禁じ得ない。機械音痴な我々にとっては、研究室に一歩足を踏み入れればそこは近未来の異世界であり、わからないことだらけで右往左往というのが日常茶飯事であった。またそういった高度な機器以外にも、意外にもパソコンの使い方がわからなかったりと、初歩的な部分でのつまずきがあったことは、痛切の極みである。
三つ目は、生命の神秘に対する畏敬の念というものであろうか。小さな魚たちが力強く泳ぎ回る姿を見ていると、日常の憂鬱や悲哀を全て吹き飛ばしてくれるほどの活力が我々の精神世界にまでひしひしと伝わってきて、魚たちと共に、日本の未来を背負うような研究にわずかばかりでも貢献していかなければならない、とやる気に充ち溢れんばかりの気持ちにさせられる。これほどまでの気持ちにさせてくれる生命の熱い鼓動には、やはり驚き慄かざるを得ない。そして、我々のそのような気持ちに我々自身がしっかりとついていけるようにするためには、まず基本的な実験操作である細胞培養や顕微鏡の使い方など、技術的な面を向上させることは必須であり、それに加え研究に携わる者としての心得やあり方などといった精神面でのさらなる向上を、御高名な先生方からご教授願いたいと切に思う。
四つ目は、一連の実験を経るうちに、癌細胞というもの自体への深い興味が湧いたという点ではないだろうか。普段何気なく耳にする癌細胞という言葉を、これ程まで意識したことはかつてなかった。しかし、改めて考えてみると癌細胞とはとても不思議なものである。癌細胞が発生するメカニズムや増殖過程、それに対しどのような治療法や治療薬があるのかといった医学的な部分での興味のみならず、癌細胞は地球上にいつの時代から存在していたのかとか、いま我々人類にとって癌細胞が存在する意味でもあるのだろうかとか、いつの日か人類が癌を克服し、むしろ癌細胞を新たな治療薬として取り入れることができるような時が来るのではないだろうかとか、そういった過去から未来への想像が心の中で滔々と流れていくのを感じ、あまりの興奮のため生じた武者震いを止めることができない。
暗室の中蛍光色で赤く照らし出された癌細胞を眺めていると、ふとそのような気持ちにさせられ、私にはまるで絶望で真っ暗な人生に突如現れた唯一の希望の光のような気がしてならなかった。今はまだまだ至らぬ点も多いが、この光に向かって少しずつでも歩んでいける努力をしていきたい。
                                     完

*江口和人は、現在三重大学薬理学研究室研修生です。

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